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1カ月の一斉休暇でタイムパフォーマンスを上げる

美容業界でも進みつつある働き方改革。週休2日制を取り入れるサロンも増え、営業中のレッスンやミーティングのオンライン化など、スタッフの労働時間を減らす努力もされています。過酷だった美容業界にも、オンとオフのメリハリをつけ、働きやすい環境をつくろうという機運が高まっています。

東京・恵比寿のBroccoli playhairの「働き方改革」はとてもユニーク。2019年、サロンを1ヵ月まるまる休業し、スタッフの休暇にあてました。その目的や成果とは? オーナーの藤川英樹さんに聞いてきました。

 

ーー昨年、サロンを1ヶ月間休みにしたきっかけは?

「2018年、チリのアタカマ砂漠でのマラソンレースに出るために、僕自身が3週間の休暇を取ったんです。そのレースは1週間かけて砂漠を250キロ走破するというものなんですが、他にも同じようなレースが3つあって。他のレースにも出たいし、そのためには休みも必要だし、だったら制度をつくっちゃおうと。スタッフのためというよりも、まずは自分が遊びたいという思いが強かったです(笑)」

最近は国内の100マイル(160km)レースに参戦中。ランナーには珍しいドレッドヘアでよく目立つ。

 

ーー1カ月の休暇を告げたとき、スタッフはどんな反応でしたか?

「2019年の年末に、来年は夏頃にサロンを1カ月閉めるつもりだと発表しました。最初はもちろん喜んでいましたね、イエーイという感じで。で、年明けにその時点で休暇中にやりたいと思っている計画をそれぞれ発表することになったんです。すると、発表したときは喜んでいたのに意外と戸惑いがあって。『2週間・2週間で分けちゃダメですか』と聞くスタッフもいました。でも2週間でできることなら何となく想像できてしまう。この機会に自分と向き合って、やりたいことを思い切り考えぬいてほしいと思ったんです」

ーー1カ月でやることに何か条件や制限はあったんですか?

「何もありません。ただ、今までできなかったことにチャレンジしたり経験してみようよとは伝えました。だから、この休暇は“Challennge & Experience制度(以下C&E)”と名付けました」

ーーC&Eはとても画期的ですが、1カ月分の売り上げが消えるわけで、経営的には負担も大きいと思うのですが。

「めっちゃマイナスですよね。でもそれは、スタッフの成長やお店に来てくれている人たちとの関係性が強くなることで後で還元されるかなと思って。実際、この制度のことをお店に来てくれる人たちに伝えるとすごく喜んでくれたし、『1カ月後、楽しみにしてるね』と言ってくれる人も多かったですね」

ーー1ヵ月分の売り上げを補填するために事前や事後に何かしましたか?

「特に何もしていないですね、営業時間も伸ばさなかったし。ただ、休暇前と後に予約が集中するので、スピード感は気にしました。忙しい12月が1年に3回あったイメージですね。ふたを開けてみたら、年間の売り上げで言えば前年比マイナス100万円程度でした」

ーーあまりマイナスにはならなかったんですね。

「次の年に頑張れば取り返せる数字ですよね。でも最初がマイナスでよかったと思います。みんなで工夫する余地があるし、そうした方が成長にもなるので。そう言ってるうちにコロナになってしまって、今年はできなかったんですけど」

ーー緊急事態宣言中の営業はどうしていたんですか?

「僕だけお店に出て、スタッフには休んでもらっていました。昨年のC&Eの経験がここで活きましたね。長い休みを一度経験しているから予行練習ができていて、コロナの休業中も上手に時間をつかっていたようです。営業を再開したときには、みんな成長しているなと感じました」

ーー初めてのC&E明けのときはどうでしたか?

「特に成長や変化を感じたのは、チャレンジに向けてきちんと準備をしていたスタッフ。たとえば英語の語学研修のためマルタに行った子は、その前から英語の勉強をして休みに備えていて。帰ったときにはすごく成長していましたね。彼女はコロナの休業中も成長がすごかったです」

ーー他にはどんなチャレンジがあったんですか?

「スペインに巡礼に行ったり、タイで象使いのライセンスを取ったり、海外でマッサージを学んだり、いろいろですね。ほとんどみんな、海外には行ってますね。ちょうど子どもが生まれたスタッフは主夫業に専念してました。僕はモンゴルのゴビ砂漠の250キロレースに参加してきました。スタッフがどうしているか気になって、途中で連絡を入れたんですけど、『私たちは私たちで頑張っているので連絡してこなくていいですよ』って言われてしまいました(笑)」

 

MACOさんはマルタで語学研修を受け、英語力に磨きをかけた。

 

TOMOMIさんはタイで象使いのライセンスを取得。

 

YUSUKEさんは主夫業に専念。

 

ーー藤川さん自身は本当にレースにハマっているんですね。

「今までいろんな遊びをしてきましたが、こんなにハマったのはトレイルランが初めてですね。お金と時間さえあればできる趣味や遊びってたくさんあるけれど、トレイルランはそうじゃない。日々のトレーニングの積み重ねが絶対に必要なんです。走っている最中は苦しいこともたくさんあり、メンタルが折れそうになることもあります。けれどトレーニングを積んでいれば、この足の痛みはそのうちこう変わるとか、経験から推測できる。経験によってメンタルが強くなるんです。ショートのレースやフルマラソンなどでは体力のある20代にはなかなか敵わないですが、僕が出ている100マイル(160km)などロングのトレイルランのレースなら精神力の勝負なので、僕も20代に勝つチャンスがあるんです」

ーー日々の積み重ねや準備の大切さを、自ら実践してみせているわけですね。

「チャレンジそのものも大切だけれど、もっと重要なのはその前の準備やトレーニング。それを続けることが成長につながると思うんですよね。あと、みんなにいつも言っているのが、いい時間の使い方をしようということ。自分の時間はもちろん、お店に来てくれる人の時間も大切にしようと。僕自身も、たとえばミーティングをする場合はスタッフの時間をもらうことになるので、有意義な時間にしようと心がけています。時間だけでなく、お金に対しても同じで、いいお金の使い方をしようといつもスタッフに言っています。たとえば、どうぜ飲みにいくならチェーン店ではなく個人店にいこうとか、海外でもコンビニじゃなくて個人商店で買い物しようとか。質のいいものに触れてほしいということではなくて、個人店の方がお店の人とも関係性が深まりやすいんですよね。人と人の距離を大事にしたいし、同じような価値観の人がお店に来てくれています」

ーー「接客はしない お客様はいない美容室」というサロンコンセプトに顧客との強い関係性がうかがえる気がします。

「その関係性ができていたからこそ、C&Eが可能だったんです。反対にいえば、集客サイトでガンガンお客さまを集めるタイプのお店には難しいかもしれないですね。うちに来ている人たちは1カ月店を閉めることに対してもとても歓迎してくれたし、楽しみに待っていてくれて。『おやすみの間、他のお店に浮気してもいいですよ』とも伝えておいたんです。どうしても根元が気になる人もいるので。別の美容室に行った人が、『いつも行っているお店はスタッフのチャレンジのために1カ月お店を閉めている」って広めてくれたらいいなと思うし、それで同じようなサロンが増えたらうれしいですよね。実際、飲食店で同じ制度をやろうとしていたお店もあるんです。今年はコロナでできなかったけれど」

ーー来年はまたC&Eができるといいですね。

「去年の経験をふまえて、次にやるときはもっと有意義にこの制度を使ってもらえると期待しています。準備が必要なチャレンジをして、もっと成長できるような。成長といえば、C&Eってアシスタントのやる気にも繋がるんですよ。お店に来てくれた人が、アシスタントにも『何したの?』『どうだった?』って聞いてくれるんですよね。ただのヘルプをするスタッフじゃなくて、1人の人間として興味を持って話しかけてくれる。それってアシスタントにとって、とても嬉しいことだし、モチベーションにつながっていると思います」

20代の頃、2年半かけて世界一周した藤川さん。そんな彼の人柄に惹かれて人が集うサロンは、海外のゲストハウスのようなゆったりした空気が流れていました。

時短や効率化、スピード感が求められる“タイムパフォーマンス”とは、一見真逆の雰囲気かもしれません。しかし、本気で働き、本気で遊ぶのもタイムパフォーマンスの一環。

人間力を磨き、お客さまと濃い人間関係を築く。濃い人間関係があるから、本気で遊べる。このいい循環もタイムパフォーマンス向上のアプローチと言えるでしょう。

村木

AUTHOR /村木

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