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史上最速? 20歳の200万スタイリストは時代を変えるのか

本サイトで既報のとおり、東京・表参道にあるnex the salon coallの湊 覇樹(みなと・はるき)さん(20)は9月、わずか8日間の入客で売上約210万円(うち技術売上約208万円)、客単価41,000円を達成。業界が驚いた、とびきりの物語をひも解きながら未来に想いをはせる。

Z世代がやってきた

1990年代半ば以降に生まれたZ世代(ジェネレーションZ)が、社会に新風を吹き込んでいる。美容業界でも3月に23歳で1000万円スタイリストになったRYUSEIさん(BELEZA/東京・渋谷)をはじめ、25歳前後のスタイリストが脚光を浴びている。

X世代、Y世代、Z世代は米国発の名称であり日米で若干の違いはあるが、以下のように大別される。

Generation X=1960年代半ば~1970年代生まれ。テレビ世代。
Generation Y=1980年~1995年頃の生まれ。デジタル世代。
Generation Z=1995年以降の生まれ。ソーシャル世代。

このうちZ世代の多数派を集約すると
①多様性と個性を重んじ
②情報収集は検索よりSNSで
③コミュニティを重視し、不特定多数に向けた情報発信は少数派らしい
(いずれも特定の調査に基づいた定義ではありません)。

そんなZ世代特有の思考・行動パターンを体現した1人が湊さんだろう。

過去の自分にアッパーカット

「結果を残す!」
今春、美容学校を卒業したばかりのJr.スタイリストを突き動かしている信念だ。

話は青春時代にさかのぼる。湊さんは富山県射水市出身。美容師をめざしたきっかけは中学2年生の時、他人から感謝された体験と向上心が原風景だ。

「中学生の頃におしゃれに目覚めて自分のヘアセットにこだわり出したら、男友達からスタイリングを頼まれました。軽い気持ちでやってあげたら本当に喜んでくれた! そうしたら女友達からも頼まれるようになって……。でも、男の髪と違って女性の髪は思い通りに扱えない。それが悔しくって『美容師になろう』と思いました」

しかし、将来の仕事を定めた頃、別な道もふらつく。中学後半~高校1年生まではいわゆるヤンチャを繰り返し、時にはパトカーで登校するような生徒だった。問題児として、学校を退学させられそうになった高校1年の終わり――。

母親から「私の育て方が悪かったのね、ごめんね」と泣きながら謝られた。

それまで自分のせいで土下座する母の姿を見ても見ないふりをしてきたが、なぜかこの一言だけは生意気盛りの胸を衝く。

「俺は何をやっているんだ? 母を悲しませて、母の人生まで否定されていいのか」

高校生活を継続する上で学校から提示された条件は、スポーツをはじめ何かしら熱中できるものを見つけることだった。

そこで、湊さんは地元で「スパルタ」で名が通っていたボクシングジムの門を叩く。以後、高校卒業までの1年半、野生の残り火を抱いた若者は毎朝5㎞のロードワークを習慣に10㎏の減量、鬼のように過酷なトレーニングに明け暮れる。結果、県大会優勝2回、北信越大会優勝、全国選抜5位という栄光は、ボクシング部がある私立大学ならどこでも推薦入学できるほどの実績を残した。

とはいえ、ボクシングで生計を立てようとは1ミリも考えていない。リングで見せるファイティングポーズは、目標に向かって努力を継続する生来の負けず嫌いによるものだったから。

遊ぶ時間なんてまったくないほどボクシング漬けだったお陰で私生活は改心した湊さんだったが、変わらないものもあった。美容師への情熱である。中2で志して以来、YouTubeなどで見よう見まねでカットを独学。当時のテキストは故・植村隆博さん(DADA CuBiC)の動画。なけなしの小遣いを貯めて安いシザーズを購入し、授業中は先生の目を盗んで机の下でパネルに見立てた紙をチョップカットし、友人の髪も切った。

学生時代にモデルカット500人

入学した美容学校は東京・高田馬場にある東京美容専門学校である。理由は単純。インターネットで「東京の美容学校」と検索したら、最上位に表示されたからだ。

いざ、東京へ。
引っ越しを終えた当日、母から電話が鳴る。
「お父さんと離婚しました」

トラック運転手だった父は、湊さんが中学生になった頃からほとんど家に寄りつかなくなっていた。
多感な時期はほぼ母子家庭で過ごした。父と会話した記憶も乏しい。
実はこの数年前から両親の間で離婚は決まっていたそうだが、息子が高校を卒業するまでは……と母が願い、父もその気持ちに理解を示した結論だったという。

「正直なところ、父とは一度くらい男同士の話をしてみたかった。でも、叶わなかった。だから僕がカリスマ美容師になって、いつか結婚式に父を招き、『あなたの息子がここまでになりました』と胸を張りたい。それがもし父の誇りになるのなら、父もすこしは肩の荷が下りるはず」

両親の離婚を経て、湊さんの成功欲は加速する。
美容学校の授業初日に「僕は1番を取りにきました」とビッグマウスを叩く。経済的な余裕はないのに東京へ送りだし、仕送りしてくれる母のためにも、誰よりも最速で成功したい気持ちが自然と口からあふれでた。

それは行動に表れる。入学後1年間は技術習得に集中しようとSNSを封印、遊びたい盛りの周囲に流されず、暇さえあればウイッグを切り、先生をつかまえては質問攻めにした。

2年生になると、学校を飛び出して実践に精を出す。

SNSを解禁し、カットした写真をアップしつつモデル募集を開始。同時に高田馬場の駅前で「僕は美容学生ですとアピールしたほうが協力してくれやすいので学校指定のバッグを持って」モデルハントを重ねた。ハントできたら、学校に併設するサロンで先生が見守る中、無料カットを施す日々。時には時計の針が23時を越えるまで、“顧客をつくる予習”が行われた。

美容学生時代にカットしたモデル数は、実に500人を数える。

「僕のわがままに付き合ってくれた先生たちには、この場をお借りして心からの御礼をお伝えしたいです。いつも遅くまでご指導くださり、本当にありがとうございました!」

この頃、今につながる縁もあった。現在勤務するサロンでディレクターを務める村田勝利さんとの赤い糸だ。
「ショート集客」で実績をあげていた村田さんの存在をSNSで知り、その技術に惹かれ(SNS上で)師事した。上手くなりたい一心で、カットしたウイッグ写真を送りつけてはアドバイスを仰いだという。

「モデルを切りまくり、行動映えしている学生がいることはSNSで見ていました。ある日、その彼からフォローされ、気づいたらカットしたウイッグの写真と質問が連日送られてきた。今だから言いますが、細かいところまで添削してあげる時間はなかったので回答はザックリです(笑)。ところが、翌日にはその課題を見事に修正したウイッグ写真を送ってきて、別な質問がくる。彼は行動力もそうですが、吸収力にも長けているから成長スピードも早い。今どき、こんなに素直で骨っぽい美容学生がいるんだな~と感心しながらやり取りしていましたね」(村田さん/nex the salon coall)


3月に美容学校を卒業後、入社したサロンは東京にある有名サロン。
しかし、わずか1週間で退社する。入社直後に方向性の違いを感じ、早めに退職したほうが迷惑をかけないと判断したからだという。

折しも緊急事態宣言が発出されたため、いったん富山へ帰省、腕がなまらないよう友人や知人を実家へ呼んでカットしながら再就職先を探した。そんな時、前述のnex村田さんのInstagramで新店舗オープンに伴うスタッフ募集を目にする。

憧れの村田さんがいる! 気持ちの扉がパンッと開いた。

すぐに応募し6月に入社、すると翌月にはいきなりJr.スタイリストに昇格したのだ。
学生時代から蓄えてきた湊さんの実力が認められたからである。

「美容師歴3カ月の子をJr.スタイリストにさせたと言うと驚かれますが。我々は一定期間に一律のカリキュラムを履修する美容業界の固定概念にとらわれたくなかった。飛び級があっても良いのではないでしょうか。今後も湊のような新しい美容師モデルを育成していきたい」(寺田 洸さん/nexエグゼクティブディレクター)

入社後はカットの他、カラー、パーマ(縮毛矯正)など湊さん仕様にアレンジされたカリキュラムをこなしつつ、村田さんを始めとした先輩スタイリストの現場力を学んでいく。同時に、Instagramで「short_haruki」の発信を強化。その結果が9月末の“通信簿”だ。

【湊さんの9月の営業実績/月間8日間の入客、すべてマンツーマン施術】

・個人売上2,101,250円(うち技術売上2,082,250円)
・平均客単価41,000円
・顧客の最高単価101,000円
・トリートメント比率100%
・カット料金11,000円
・カット&カラー料金33,000円
・集客は自力集客、集客サイトは利用せずSNS予約が95%

にわかには信じがたい数字が並ぶ。
特筆すべきは単価の高さだろう。カット料金は11,000円(税込)で、自店の誰よりも高い設定だ。この強気な価格には根拠がある。

「『美容師の価値を今以上に高める先駆者になりたいので、この単価で勝負させてください』と会社へお願いし認めてもらいました。以前から割引や技術の安売りに疑問があったので、僕なりの考えを述べました。入社してすぐにJr.スタイリストで入客できたことも含めて、こんな若造が言うことに理解を示し挑戦させてくれる環境がつくづくありがたいと感謝しています」

それにしても、弱冠20歳でなぜこの単価を実現できるのか?

「よくスタイリストの年齢プラスマイナス5歳がメインの客層と聞きますが、僕の場合は30~40代が主戦場。学生の頃にモデルになってくれたお客さまが大半です。集客はショートカットを前面に打ち出し、ファーストグレイのお悩み解決や、なじむハイライトを推しています」

すでに業界の常識とは逆張りの発想も視野に入れている。
キャリアが上がるにつれて、長年通ってくれた顧客ほど料金を下げるサービスだ。
「技術も接客も人間も未熟なのに、今の料金が成立しているのは、若さゆえの自由な発想をお客さまに買っていただいていると自己分析しています。これから年齢を重ねていく中で失う価値があるとしたら、仮にいくら技術が上手くても僕の価値が下がってるわけで、それなら料金を下げる判断も妥当ではないでしょうか」

9月の次は年末に照準を合わせている
12月はスタイリストとしてフル勤務(22日間)し、売上目標は500万円、しかもアシスタントを使わないマンツーマン施術とのこと。もし成就したら、今年最大の“最高記録”として話題になるのは間違いないだろう。

でも、湊さんにとって数字はプロセスに過ぎず目的ではない。
秘めた闘志こそ熱いが、礼儀正しい好青年は数字とは違う発火点を持つ。
「スタッフ、仲間はもちろん僕と関わったすべての方の記憶に残る人間になりたいんです。育ててくれた母に感謝を伝える意味でも、結果で恩返ししたい。東京で成功したいと言って富山を出てきた以上は『日本一の美容師になったね』と母から言われたい。始まったばかりの美容人生ですが、初心を忘れず全力でお客さまの美や関わる方の夢を叶えられる美容師像を追求します。僕のハサミには両親をはじめたくさんの人の想いが乗っているので……」

左/寺田洸エグゼクティブディレクター。中/湊さん。右/村田勝利ディレクター


換気が必要なのは、時代の空気だ

あいにくのコロナ禍である。時代予測なんて無意味で、海図なき航海の時代とも言われる。
だからといって、すべてを諦めていいわけじゃないだろう。
そんなに今が特殊なのか。
見えない未来を前に立ちすくむだけじゃ意味がない。

美容師歴半年で200万円を達成した湊さんの衝撃は、制度や規律にからめとられる前の生々しくて破天荒でプリミティブな美容師のあり方を考えさせられる。

このように、もの心ついた時からSNSやデジタルデバイスが当たり前だったZ世代は、多様性に富んだ考え方を持ち、社会問題への意識も高く、自分だけの個性を大事にする世代とも言われる。
これからを生き抜く創造的な生き方のヒントがここにあるのではないか。

湊さんは言い切る。
「来年、僕なんかよりもっとすごい奴らが美容師になりますよ。彼らに抜かれないためにも、背中くらいは見せておきたい」

今後、Z世代が業界をどれほど変えていくかは未知数だ。だから、自力集客の見直しやスタイリストの早期育成、教育改革、タイムパフォーマンス(人時生産性)などが時代の要請になり、湊さんが先兵として新しい窓をひとつ開けたのは大きい。

自分が心地よいのは、閉じた世界でもある。

新時代のとば口で。
新たな価値観を持った世代と連帯感を強め、将来をたしかめあう必要がありそうだ。

nakao

AUTHOR /nakao

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