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72歳、いまだ現役。川島文夫の『継続力』
美容業界のレジェンドはどう継続してきたか
継続力の原点は、ヴィダルサスーンの衝撃
写真:佐野一樹
今年72歳。
ヴィダル・サスーン在籍時に「BOX BOB」を生み出し、帰国後、PEEK-A-BOOをオープン。美容業界におけるレジェンド的存在である川島文夫さんは、今も現役でフロアに立ち続ける。月1回の撮影も欠かさず、美容師として最前線を走り続けること51年。その道のりは、振り返ればあっという間だったという。
「継続は、頑張ってしようとしていたわけじゃなく、気がついたら続いていた、というだけです。
つまんないと思ってたら、時が経つのは長い。僕は夢に向かって走り続けてきたから、あっという間だった。
一度でも歩みを止めたら、また稼働するのが大変。ペースを緩めることがあってもいいから、止まらないでいた方が省エネなんですよ。僕が止まるのは、死ぬときじゃないかな(笑)」
川島さんをつき動かしてきた「夢」とは何なのか。その原点は、25歳のときに参加した、ロンドンのヴィダル・サスーン時代にあった。
「専門学校を卒業してカナダのサロンで働いていた時、トロントのヴィダル・サスーンのスタッフがデモンストレーションをしに来たんです。
その技術を見た瞬間、体に電流が走りました。いてもたってもいられなくなって、翌日チケットを買ってロンドンに飛んで。
つてもないままヴィダル・サスーンの門を叩きました。サスーンの、カットで発信するメッセージの強さはまさに衝撃的。
そして、ヘアデザインは偶然ではなく、計算されたテクニックによって成り立っている、ということを知りました。
今も世界のスタンダードとなっている、普遍的な造形の基本を知って、〝僕はこれでいく〞と決めたんです。
計算して、彫刻のようにカットで髪形をつくっていくということにあまりにも魅了されて。
サスーンに出会っていなかったら、あの時受けた衝撃がなかったら、僕はここまで長く続けていなかったと思うな」
デザインに魅了された川島さんは、寝食を忘れて練習に明け暮れる。そして28歳のとき、世界の美容史に残る「BOX BOB」を生み出した。
「サスーンの歴史の中で『BOX BOB』を発表できたことは、とてもハッピーなことでした。
40 年前に生み出したデザインが今もスタンダードであり続けているのはうれしいし、海外の方に『FUMIO KAWASHIMAの作品だ』と言ってもらえることは現役を続けるモチベーションになります。
ロンドン時代は深夜、仕事が終わった後、クラブで朝まで踊ったりもしていました。この音楽がかっこいいな、なんてことを感じたりして。
そこでインスピレーションの得方とか、ワイルドさだとか、今の発想の土台となるものができたんだと思います。
インターネットで知った気になったり、本で勉強するだけだったり、それだけではバーチャルな経験にすぎない。
自分で体験したこと以外は、錯覚です。発見を求めて街へ出て、環境に入っていくことが大事だと思います」
ヴィダル・サスーンとの出会い、ロンドンでの生活は、川島さんのその後の美容人生を決定づけた。
ヴィダル・サスーン氏との一枚
ラッキープレイスは地下。〝ねずみ年〞の止まれない宿命
「日本に帰ってきて、お店をオープンする場所を決めるとき、直感的に表参道がすごく気に入りました。
僕の住んでいたロンドンとよく似た雰囲気だったんです。
PEEK-ABOO1号店は地下のお店。僕はねずみ年だから、地下が好きなんです(笑)。
2号店も、その次のお店も地下でした。ほら、ねずみって止まらないで動き回ってるでしょ? そういう星の下に生まれたんじゃないかな」
その後もPEEK-A-BOOと川島さんは現在に至るまで、表参道を拠点にヘアデザインのトレンドを生み出し続けることになる。激動の時代を駆け抜ける中で、苦労はなかったのだろうか。
「苦労と感じたことはないです。気持ちは100%ポジティブ。
それが魅力になる。そうやって人を惹きつけないと。
トップが弱みを見せたら、人はついてこないでしょう?
つまらないことはすぐ忘れて、楽しいことだけ考える。おもしろい人とだけ会う。雨の日、傘をさすようなつまらない男とは遊ばない。マイナス要因になる人とは会わない。
そうやってポジティブな気持ちを保って、駆け抜けてきました」
苦労を感じたことはない。止まったこともない。
これほどの偉業を達成しながらそう断言できるのは、伊達ではない。ただ、川島さんの太陽のような笑顔を見ると、その言葉も自然と納得できてしまう。
PEEK-A-BOO一号店
晴れでも雨でも嵐でも。毎日自転車通勤
PEEK-A-BOOをオープンしてから40年間、川島さんが欠かさないことがある。それが自転車通勤だ。
雨でも台風でもお構いなしに表参道の街を自転車で駆け抜ける。この自転車には、川島さんの〝走り続ける〞哲学が詰まっている。
「自転車って、ゆっくり漕ぐのは難しいでしょう。
止まったら傾いちゃう。僕は歩みを止めたくないから、自転車通勤しているんです。
自転車に乗っていると、気軽に違う風景を見られるでしょう。毎日同じ風景だと飽きちゃうから、気になった道に入ってみたり、いつもと違う道をわざと選んでみたり。それだけで気分転換になるんです。
時代の変化を肌で感じることができるから、新しい発想が生まれます。
自転車通勤をすれば、見えなかったことがたくさん見えてくる。遠くに行かなくたって、日常が冒険になるんですよ」
自転車に込められた〝継続の哲学〞はそれだけではない。
「今の若い美容師さんは、目先のことで悩んでいる人が多いと思います。
売り上げがどうとか、ボブがうまく切れないとか。
でもね、継続のために必要なのは、未来の夢を語り合うこと。どんな美容師でありたいのか、何を目指すのか、ブレない像を持っていれば、おのずとやることは決まってきます。
最初の3年くらいは先を見つめて仕事をしないと、長くは続けられません。
美容師の仕事はボブをうまく切ることじゃなくて、お客さんをハッピーにすること。
ちょうど自転車も同じように、遠く行く先を見て漕がないと、バランスを崩しちゃいますよね」
写真:佐野一樹
今はお客さまが欲しいものを知っている時代
「昔は、美容師が提案したスタイルを、プロが言うことだからってお客さまはそのまま受け入れていました。
カットラインがきれいだったらそれで満足してた。
だけど今は、インターネットで色々なスタイルを見ることができるし、社会の成熟とともにお客さま自身の知識が増えてきた。
それに時代が変化して、女性が社会に進出するようになり、自分のお金でヘアサロンに来るようになったことも大きいです。
お客さまは以前よりも強烈に、何が欲しいのかを自覚されています。
だから、これからの美容師はその欲求をきちんととらえて、それを実現できるようにならないといけません。
美しくなる手段をお客さま自身がよく知っている時代だからこそ、プロフェッショナルである僕たちはそれを上回る仕事をしないといけない。
時代の変化とともに姿勢を変えないといけない、というのは、継続して初めてわかったことです」
過去の栄光にあぐらをかくのではなく、時流を読み、柔軟に変化していくこと。いつまでもチャレンジ精神を忘れない川島さんだからこそ、50年間最前線で走り続けることができるのだろう。
ただし時代が変わっても、根っこにあるものは変わらない。
「ITの時代で、自分の仕事がロボットに取られるんじゃないかって不安に思っている人は多いですよね。
そんな時代にこそ、必要なのはハート。ITに勝てるのは愛情しかありません。
ロボットの時代になっても、美容師は人にしかできない仕事。絶対にとって代わられない。だから、美容師で良かったな、と思いながら、美容人生を楽しんでいます」
継続は絶対にごほうびをくれる
「僕の生活はとてもシンプル。
朝起きて、サロンに行って、ジムに行って、寝る。それだけ。
朝食は毎日同じだし、食事の時間も同じ。月1回の撮影も、仕事のペースメーカーです。
特別なことはしていないけど、そのリズムを繰り返すことで、深みが生まれてくる。繰り返し同じことをしていても、毎回まるっきり同じではないでしょう。
毎日が積み重なる中で、知識や情熱、未来への希望がじわじわと増えていくんです。
50、60代はまだまだ青春。女性だって50代が一番セクシーですよ。
繰り返しによってしか、成熟した価値は生まれません」
特別なことをしなくとも、同じリズムの繰り返しが深みを生み、自分を進化させる。川島さんは継続の大切さをこう説く。
「継続は絶対に、素敵なごほうびをくれます。
若い頃は、そんなことわからないですよ。年をとってから実感することです。
僕の場合、もらえたごほうびの一つは健康。同じリズムで走り続けてきたことが元気の源です。
そして次に、信用。信用はお金で買えない価値。積み重ねていくことでしか得られないですよね。
ひとつひとつ積み重ねてきた信用がつながって、世代を超えてお客さまに来てもらえる。僕のお客さまは、親・子・孫の3世代、いや4世代で来ている人も多いんですよ」
最後に川島さんから、若い美容師さんにエールをもらった。
「成功するためには何をすればいいのか、というけど、成功なんて後から振り返って、他人が決めること。
だから若い美容師さんには、無我夢中で走り込め、としか言えません。一流になるには、ハードワークしかありません。
休むな、と言っているわけではなく、よそ見をしないで夢に向かって走り続けること。
カットは感覚じゃなく理論に基づいている、というのがヴィダル・サスーンに教えてもらったこと。
だから、才能なんて10〜20%くらいあればいい。一番必要なのは情熱です。
長く修行した美容師は壊れづらい。美しいカットは、そんなに簡単にできるようにはなりません。
インスタントラーメンは、すぐにできるけど不味いでしょう。成熟した本物の美容師になるためには、継続は絶対。
そうすれば、とっても素敵なギフトをもらえるはずですよ」
川島文夫さんのLIFE HISTORY
川島文夫〔PEEK-A-BOO(ピークアブー)〕
かわしまふみお/1948 年11月3日生まれ。高山美容専門学校卒業。1971 年、ロンドンのヴィダル・サスーンに参加。アーティスティック ディレクターとして世界各国でヘアショーに出演。1977 年、表参道にPEEK-A-BOOをオープン。現在9店舗を展開し、自身もサロンワークや作品撮影、技術指導など広範囲に活躍中。
※当記事は、月刊BOB2018年11月号『ぼくたちは継続力で、できている』を一部改変の上転載しています。
AUTHOR /ふじもげたん
今年の目標は旅行・出張先で必ず地酒を買うこと。
ウクレレ修行中です。