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1人サロンの訪問美容! 美容師だからできる高齢者と家族に提供できる価値と豊かさ

超高齢化社会・日本。美容室にとっても、他人事ではありません。リピートビジネスだからこそ、顧客もスタッフも年を重ねていきます。

顧客の“生涯美容”を叶えるため、またはスタッフのキャリアプランの1つとして「訪問美容」などの介護分野での事業をスタートする美容室や、興味を持つ美容師も増えてきました。

そんな中、栃木県下野市で個人店を営みながら、地域に密着して訪問美容事業を展開する女性美容師がいます。

訪問美容にたずさわるのは大きなサロンしか無理? 何をどうやって勉強すればいい?

そんな疑問に答えてもらいました。

取材した人 大坪亜紀子さん[美容屋youi(ユーイ)代表]

北海道理容美容専門学校卒業。千葉県、東京都のサロンに勤務。2019年3月に都内サロンを退社し「地域おこし協力隊」として栃木県下野市に着任。活動の中で、地域に密着した訪問美容という形に辿り着き、2022年下野市内に美容屋youiをオープンする。

きっかけは介護や福祉への興味ではなく…… “地域おこし協力隊”

都内のブランドサロンで、サロンワークはもちろん一般誌や美容専門誌でのヘアメイク、ヘアショーへの出演など15年以上活躍されていた大坪さんですが、訪問美容事業を始めた経緯をお聞きしていきます。退社されたときから介護や福祉に興味を持っておられたのですか?

いえ、きっかけはまったく違うんです。
今後の成長やライフプランを考えたとき、東京で何か新しいことができるイメージがわかなくなったのがきっかけで。美容師も一度お休みしたいなと
それで、退社後2019年4月に「地域おこし協力隊」に参加することにしました。

そうだったんですね。地域おこし協力隊とは、何をするのですか?

人口減少や高齢化の進んだ地域に定住し、地域創生のための活動を行います。任期は3年で、町の情報発信やイベントの運営などを行ってきました。

なるほど。それで今サロンを構える下野市に行かれたんですね。

はい。地元は北海道なのですが、美容学校在学中までしか住んでいないので……。新しくチャレンジをするには仕事をしてきた首都圏エリアに近いので栃木県を選びました。

 

地域おこし協力隊の隊員時代の大坪さん

 

地域の広報誌に掲載されたもの。任期3年の間、地域の顔として住民と交流を深めていく。

 

介護福祉事業との出会いも、地域おこし協力隊の活動を通して出会ったものなのでしょうか?

そうです。当時介護付き有料老人ホーム 新(あらた)の施設長をされていた横木淳平さん※との出会いが大きかったです。地域を知ろうとしていく中で「イケてる介護施設があるよ」と教えていただいて。見学に行きたいとアポを取り、お話をうかがったのがきっかけで。

※現在 株式会社STAY GOLD company 代表取締役

なるほど。事業よりも先に人との出会いがあったのですね。

はい。私は美容師時代から、技術がうまいのは当たり前で、お客さまが本当は何を考えているかを汲み取ることを大事にしてきました。ですので、協力隊の活動の中でも「自分が何をしたいか」よりも「どんな人間関係をつくるか」を意識して活動していたんです。
横木さんとは仕事のこだわりや理念に共通点が多く、一気に意気投合しました

 

介護付き有料老人ホーム 新(あらた)

髪を切る“作業”でなく“体験”の価値へ……「美容×介護」の連携

横木さんとのお話の中で、どういったことが共鳴し、具体的にどんなプロジェクトになっていったのか教えてください。

まず、これまでの訪問美容に対する課題を教えていただいて。訪問美容といえば、施設に提携業者が来て施術をしていくのですが、施術時間は10分、女性も短く刈り上げられてしまって……というのが一般的なのだそうです。
それで、横木さんは業者さんを呼ばず、利用者さんが元気で歩けるのならば極力美容室に連れていくようにされていました。

入居者さんに応じて個別対応をされるのは労力がかかるはずですが、そこにこだわっておられる方なんですね。美容師時代の大坪さんのお客さまに対するスタンスに近いと感じます

そうなんです。美容に限らず、施設に何でも揃えるのではなくて、これまでと同じような生活をサポートしたいという考えでおられました
とはいえ、体も起きられないような利用者さんもおられるので、そういった方のカットやカラーを担当させていただくようになったんです。終末期になると、女性でも美容が後回しになってしまいます。利用者さんやご家族に、少しでもきれいでいることの喜びや楽しさを提供するお手伝いができればということで、訪問美容活動をスタートしました。

大坪さんの始めた訪問美容事業「giveto(ギブト)」。要介護者に家族から美容をプレゼントするというコンセプト

 

それが訪問美容サービス「giveto(ギブト)」だったのですね。このサービスは美容体験をご家族がプレゼントするというコンセプトのサービスなのですね。

はい。単に髪を切る作業を提供するのではなくて、髪を整える時間や体験を提供するというコンセプトです。たとえ終末期だとしても髪を整えてきれいになることは、ご本人だけでなくご家族にとっても特別な時間を共有できるものだと思うんです。
横木さん、新のみなさんは介護のプロとして安全に施術ができる環境を整えてくださる。それに私は技術で応えるというコラボの形でした。

 

コミュニケ―ションを取りながら顔周りをデザインする大坪さん。

 

利用者だけでなく、家族にとっても大切な時間。

自分の足で美容室に行く楽しみを提供するためのお店づくり

「giveto(ギブト)」を個人事業としてスタートされたのち、今年「美容屋youi(ユーイ)」をオープンされました。店舗を構えることになったのはどうしてですか?

高齢者の方と触れ合ううち、やはり私も横木さんのおっしゃるように、ご本人が動けるのならばお店にいらっしゃることが一番だと思うようになったからです。実質的な面でも、シャンプーのクオリティがお店のようにはいかないなど、できないこともたくさんあって。それで、来ていただく場所をつくりたいと思ってyouiを始めました。
今ではgivetoのサービスの中に、youiに来ていただくメニューも含んでいます。ご高齢のご家族へのプレゼントの選択肢として美容を選んでもらいたい。その形が、私が行くだけでなく来ていただくこともできるように、幅を広げたいという目的です。

youiの内観。車いすの動線も確保された広々としたつくり。

 

サロンに来店されるのは、高齢者だけでなく地元の方もおられるのですよね?

はい。協力隊を3年やっていたときにかかわってくれたり、知ってくれたりした方が来てくださいます。

地域に根差して活動されてきたことが功を奏しているのですね。

SNSやネット集客ではない関係性ですから、新鮮ですね。暮らしに入り込んで知り合えた関係。美容師だけしていたときより世界が広いと感じます。

サロンのお客さまからご家族の訪問美容につながるケースなどはあるのでしょうか?

はい、少なからずあります。地方は実家暮らしの方も多いですから、お客さまから「両親が高齢で」とご相談を受けたりとか。お店を構えたからこそ、家族の美容にかかわれることにつながっています。

施設とは別のお客さまに広がっているのですね。今後も、お店と訪問を両立する形でやっていかれるのですか?

はい、そのつもりです。実は、最初は訪問1本でやっていこうとも思っていたのですが、この分野はやりがいや喜びもある反面、お客さまが亡くなってしまうことが避けられない分野でもあります。ですので、新しい人と出会い続けることは必要だなと思い、お店半分・訪問半分という形を選んだんです

高齢者がご家族や施設の担当者と来店する。

介護×美容 訪問美容事業を展開する上で気を付けることは?

具体的には、訪問美容の日と店舗での営業の日、どのようなバランスで営業されているのですか?

訪問する日は月3~5日で、お客さまのご自宅や施設にうかがっています。それ以外の日、だいたい月17日くらいはお店で予約を取っています。

一人サロンで訪問美容事業もやりながら店舗も運営というスタイルは珍しいと思うのですが、必要な資格や手続きはあるのでしょうか。

お店を開業する手続きは普通の美容室といっしょです。ただ、訪問美容事業に関しては市町村ごとに申請が必要。下野以外にも、宇都宮や小山などお客さまがいらっしゃる地域に申請をしています。
資格は特に必要ではないらしいのですが、訪問介護の勉強会には参加しました。美容はお客さまの体に直接触れる仕事ですので、最低限の知識は身につけるべきかなと思います

なるほど。ご自宅にうかがうことを考えると、資格は必要なくても勉強はしなければなりませんね。

そうなんです。ご家族だと介護の知識が専門の方より少ないですから。
あとは、道具。施設でもご自宅でもビニルシートを敷いてカットしますが、滑らないシートを持っておくとか。あと、クロスも車いすだと大きさが足りないんですよ。そういう細かい違いがありますね

訪問美容事業でむずかしいとされることの1つに、施設への営業があげられます。こちらは、どんなことを気を付けておられますか?

かかわるようになって一番気を付けているのは、施設のリズムを考慮することです。そこで生活している方の食事やお風呂の時間、通院といった生活リズムや、職員の方の多い時間、少ない時間といった都合もあります。
自分のアピールではなくて、施設に求められていることを知って、課題をいっしょに解決していくという姿勢が不可欠だと思います

何歳になっても、誰もが当たり前に「きれいでいたい」と言える社会のために

今後はどのように事業を展開していく予定ですか?

訪問の事業をもう少し広げるために発信をしていきたいという思いがあります。まだまだ介護における美容の必要性は十分に広まってはいないなと思っていて。
たとえば、施設さんの中には「既に契約しているところがあるから要らない」と言われるケースがあります。でも、施設に入っているからといって1つの美容室しか選択肢がないのはどうなんだろうと思うのです。

確かに。美容の価値で介護に貢献するとなると、本当は美容室や美容師を選ぶ自由から「いつもと同じ」であるべきですよね。

はい。施設の方の労力など事情を考えるとむずかしい問題ではあるのですが、個人事業でやっているからこそ選択肢の1つとして入っていってできることがあるのではないかと思っています。
全身に麻痺があってお話が困難なお客さまでも、自分で電話をして予約を取ってくださるようなことを経験し、何歳になっても美容を楽しんでほしいという思いがより一層強くなっています。
何歳になってもきれいでいたいのは当たり前、「わがままを言っていいんですよ」ということが広まっていけば。美容の技術とサービスを通じて、そこに貢献していければと思います。

 

訪問でもカラー施術。どんなに高齢で動けなくなった方にとっても、美容は“作業”ではいけない

 

youiに来店し、カラーを楽しむ女性。

 

興味をもつ美容室や美容師が増えているとはいえ、まだまだ人材も方法論も足りない「介護×美容」の分野。「どうしてもまだ福祉的な要素が強く、訪問美容の本当の魅力が理解されているとはいえない」という大坪さんの言葉が印象的でした。

車いすでも、月に1回自分で好きな美容室に出向き、カラーを楽しむ女性の後ろ姿。訪問美容のあり方が多様化し、この後ろ姿が当たり前の風景になることが、美容業界にとっても超高齢化社会・日本にとっても価値があり、豊かであるということなのだと感じました。

参考

▶ 大坪さんのサロンはこちら 美容屋youi公式HP 美容屋youi公式Instagram

▶ 大坪さんの活動はInstagramから @akikootubo

介護付き有料老人ホーム 新(あらた)

ななしま

AUTHOR /ななしま

月刊NEXT LEADER編集部→月刊BOB編集部→書籍編集部。好きなものは宝塚と蛙亭と、赤井秀一です。

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